□かたい話□ 実は過去のコラム
幕張、漫歩!
「NETWORLD+INTEROP2003」

 10周年を迎えたという「NETWORLD+INTEROP2003」に今回、初めて行ってみた。午後におこなわれる村井純さんの基調講演を見る、ということだけ決めて、とりあえず展示会場をブラブラ。どんな人たちがやってきて、どんなことに目を輝かせているか観察することにした。

 まず目を引いたのは、IP電話である。わたしは分割前のNTTの仕事で、いわゆるPBX(構内電話交換機)のカタログを作っていたことがあるが、その頃すでに企業の本社ー支社間を結ぶ専用線で「IP内線電話」を活用する話が出ていて、いずれPBXはIPに取って代わられるとNTTの担当者も言っていたが、その通りになったようだ。

 以前はPBXを作っていたNEC、富士通、沖、日立の各社がメ脱PBXモを鮮明にして、IP電話向けの製品やシステム構築例を紹介していたし、NTTのグループ各社もまきこんで競合し、しのぎを削っていることがひしひし感じられた。新聞見出し風に言えば、さながらIP戦国時代。

 携帯電話の登場以前は、電話と言えばかならずつながるものだった。通信の事故とかは別にして、通信会社が違うからつながらないなんてことは原則的になかった。NTTしかないわけだから当然だ。今は、たくさんの通信キャリアがある。それでもNTTの電話からKDDIの電話につながるし、DoCoMo、au、Jフォンのどの携帯電話同士でも話ができる。こうやって違うシステム同士やネットワーク同士がつながってメ使えるモ状態になることを相互運用性というのだが、それを英語で言うとinteroperability、展示会のINTEROPという名称もここから来たのだ。

 IP電話の話題でいちばんの焦点となっていることも、違うIP電話ネットワーク同士や従来の固定電話ネットワークとつながってメ使えるモ状態になれるか、ということなのだ。東京ガスが社内の電話にIP電話を導入するにあたって、緊急通報を受け付けるセクションには従来の電話を残すことにしたそうだ(NHKクローズアップ現代)。でも完全に従来の電話に取って代わる日はそう遠くないだろう。


 午前中、展示会場内をひとわたり見てまわり最後に立ち寄ったのは、小さな小さなブース。
たまたまEdenという字が目に入った。E電ではなくエデンと読むのだろうが、なんというか、とりわけクサイ名前ではないか。そう思って通り過ぎようとしたら、そこにいた黒いTシャツのお兄さんと目が合ってしまった。その強力な磁場に引きつけられてしまった。株式会社オムニサイソフトウェアという会社で、プロ向けのネットワーク監視システムを開発し、この展示会にも製品と人材を提供しているのだという。

 ネットワーク監視などにアマチュアなんているのかと思って、いったいプロ向けとはどういう意味かと聞いたら、それはデータセンターとかインターネットサービスプロバイダのような
メネットワークのプロモ向けという意味だった。だとすると大きな市場が見込めるとも思えないし、さぞ値も張るんでしょうねと嫌みな質問をすると、10万円以下の金額で導入できますよと意外な返事がかえってきた。そんなことで会社が維持できるとも思えないから、社員数を訊ねたら15名、年商は1億5千万円だという。ということはひとり1千万円でしょ、維持できないでしょ、と畳みかけたら、それで大丈夫なのだそうな。好きで始めたことだし、ほかに競争相手もいないし、大きく儲けようなどということはサラサラ考えていないし、そもそも設備投資が膨大にかかるわけでもないから。よくよく見ると優しげな目をしたお兄さんは、そう言うのだった。

 すると今度は、どんなお仕事をされているんですかと逆に質問されてしまった。ライターです。10年以上前、1990年版のアスキーという会社の会社案内を担当したのが、情報システムという業界に興味を持ったきっかけで、こうして頼まれもしないのに展示会に出かけてきたりするんですよ、などとクチが勝手に動いていた。
 そうしたら、相手のお兄さんは昔アスキーにいたと言うではないか。会社には元アスキーさんもけっこういるらしい。1980年後半、お兄さんは月刊アスキーでワークステーションをテーマにしていろいろやっていたが、技術者になりたいとの想いがこうじて、ついにソニーへ転職。NEWSという伝説のワークステーションに関わったらしい。
 それで思い出した。会社案内のための取材で西さんにお会いしたとき、アスキーの紙面はNEWSで作ってるとか自慢していたなあ。あのとき初めてイーサネットも見たんだ。電線の被覆の上からプチっと刺すヤツだった。なんと乱暴な、と思ったものだ。「がんばってください」なんていつもあまりクチにしないことをクチ走って、そのブースをあとにした。

 午後、村井純さんの基調講演会場に向かうと、すでに長蛇の列。4列に並んでお待ちください。事前登録をお済みの方はこちらにお並びください。という係員の声の中、列の脇を通りかかったいかにも学者です然としたオッサンの「そんなに聞きたいかねえ」の一言が、はっきり聞こえた。ふーん、やっぱり、いろいろ派とか、なになにグループとかあるんだろうなあ、この世界にも。
 そんなことを考えながら、冷静に基調講演を聞いた。面白かったし、聞いて良かったとも思った。内容はhttp://www4.nikkeibp.co.jp/NCC/news_top10/f_ncc3697.htmlで紹介されているので、どうぞ。

 どんな人たちがやってきて、どんなことに目を輝かせているか観察するとはじめに書いた。圧倒的に背広姿という印象ではあったけど、ラフな服装のネットワーカーもたくさんいたし、そういう人のIDカードに大手通信キャリアの関連会社のネームが入っていたりするのを見ると、こっちの顔がにやけてしまって妙な気分だった。変な言い方だけど、初めてディスコに行ったときみたいな。踊りのウマイ人たちの人たちの中に入れないけれど、その場にいるだけで嬉しくなってくる感じ。そのうちに自己流の踊りを始めてしまって、自分は凄く楽しいけど、完全に浮き上がってしまうオレ、なんだけど。
 それはともかく、このフロアにいるネットワーカーたちは、みんなEdenの説明をしてくれたお兄さんと根っこは同じで、その、あえていえばハッカー気質みたいなもので結ばれた人たちの強いオーラに痺れてしまった。来年も、痺れにこようっと。

カンノシュンイチロウ
mail at kannos dot co dot jp




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インターネットでの買い物も携帯電話でする時代。
知らず知らずのうちに、
みんな暗号技術のお世話になってるんです。
でも、その暗号を盗んで解読する技術も
どんどん進んでるらしい。
ということで、
解読の難しい暗号にするために必要な技術が
「物理乱数」です。
それをどうしたら分かりやすく説明できるか、
というが、今回のテーマです。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

「暗号と物理乱数」

まず、復習から。
暗号は、古い技術です。
かつては政治、軍事の世界のお話しでした。
スパイの専売特許でもありました。
ビジネスの世界では、
銀行のネットワークが
最初の本格的な利用例でしょう。
今、暗号は、新しい技術です。
企業と個人のどちらにも身近なお話しです。
産業スパイにとって
専売特許であることは確かです。
詐欺行為、
盗聴や「なりすまし」による窃盗行為、
さらにストーカー行為などの
犯罪者にとっても。
携帯電話は、
盗聴されても会話が理解できないように
電波が暗号化されています。
インターネットでの通販は、
カード番号を送る際に
SSLという方法で送信します。
これも暗号化です。
暗号化する、の反対は、復号化です。
読めない状態にする、の反対は、
読める状態に復旧する。
かつての暗号は、
暗号化と復号化の関係が、可逆的だった。
(かなり乱暴な言い方ですが)
現代の暗号は、不可逆的
といってもいいレベルのものを目指しています。
数学的な手法によって、
一方向性関数と言いますが、
暗号化するのは一瞬、
でも復号化するには何億年もかかる、
というものです。
A*********
×B**********
=C************という計算を
してできた数列をもとに、
メッセージを暗号化する。
AもBも桁の大きい素因数です。
盗聴者は、この数列Cを入手したら、
素因数分解をしてAとBを見つけなければ、
復号化できないという仕組みを作っておく。
これが、非常に大ざっぱですが、現代の
暗号の仕組みです。
この素因数分解は、
途方もない計算量が必要になる。
ここで、問題です。
では、そのAとBは
どうやって決めるのだろうか。
オレの誕生日は、
1955.01.29だから15512にしよう。
ということでは、
オレの誕生日を知っているヤツには
予想できてしまう。それじゃ・・・
などとやっていては、ダメなんですね。
だれにも予想できない、
突拍子もない数字でなくちゃ。
といえば、乱数しかないじゃないか。
というわけで、現代の暗号は
“乱数発生装置”が組み込まれています。
ですが実は、その乱数は、まだ本物ではない。
永遠に思えるほどの計算をしていくと、
一番最初の数字に戻って、あとは
そのパターンの繰り返しになる。
これを疑似乱数といいます。
それでは、本物の乱数ってあるのか。
あるのです。それが物理乱数です。
物理の世界
(電子の世界と言い換えても良いかも)では、
本当の偶然性というものが存在する。
いくらでも起きている。
天気が
「絶対的な精度のレベルでは当たらない」
のは、そのせいですよね。
あまりにも変化のファクターが多すぎて、
法則性が確立できない状況といいますか。
それと同じくらい気まぐれな電子の動きを、
「コントロールできる状態で生み出せる」
というのが、
物理乱数生成回路の大発明なところ。
電子の動きをコントロールしている
のではありませんよ。
孫悟空を閉じこめた観音様の手のひら
といいますか、
気まぐれを100%許しつつ、
すべてを知って(つまり記録して)いる。
たとえれば、そんなことかな。
さて、暗号といえば、公開鍵方式。
現代の暗号は、
これによって革命的な飛躍をしたのです。
そして、政府・軍事(スパイ)の世界から、
ビジネス、プライベートの世界へ
やってきました。でも、
この話はとってもむずかしいので、
そうなんだという程度しか
(わたしにはまだ)理解できません。
とはいえ、これは言えます。
物理乱数をつかった暗号技術は、
究極の強さをもった暗号をつくりだします。
つまり誰にも破れない(産業スパイにも、
政治スパイにも、詐欺師にも、
ストーカーにも)はずです。
それゆえに、これは日本初であると同時に
日本発のキラー・グローバル・スタンダード
になる可能性がある。
だから、期待されているのです。
(詳しくは日経新聞で調べてみてね)
その使い方とか、
ユビキタス社会がどうしたこうした、
の話はほかにお任せしますが、
ひとことだけヒント。
何か情報をやりとりするとき、これからは、
 だれが、
 いつ、
 どこから、
 なにを、
 どうやって送ったか、
ということ(これらも情報です)まで含めて、
すべての情報を暗号化して送ったり
受け取ったりするようになります。
なぜなら、電子の世界では、
だれでも、あなたになれる。
その情報を身にまとった人が
“あなた”だと見なされるからです。
(産業スパイにも、政治スパイにも、
詐欺師にも、ストーカーにも)
そうさせないために、
あなたが、いつ、どこから、なにを、
どうやって送ったか、という事実のすべてを、
あなたと受け取った相手以外の誰にも
ヒミツにしておかなければならない。
というのが、アメリカの暗号技術者たちが
「公開鍵」方式を考案し、
普通の人々にばらまいた
大きな理由のひとつです。
あれ、ひとことが多すぎたかな。
以上、決して明るくない未来を生きる
ご参考にしてください。

2003/06/03
カンノシュンイチロウ
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レゾナントって、ナゾなんす、ホント

 今日(2003.2.19)の朝日新聞、朝刊にNTTグループの全面広告が出ていた。その内容は、今月、幕張で開催されていたNet&Comでも社長みずからキーノートスピーチしなければならないほど、NTTにとって起死回生の戦略なのだ。そこに出てきたのが“レゾナント”。辞書*では「resonant=1<音・声などが>よく響く,響き渡る;<声が>朗々たる. 2<場所・物体などが>(音・声などで)鳴り響く,共鳴[反響]する((with)):〜walls共鳴しやすい壁/a valley with the songs of birds鳥の声のこだまする谷間. 3共鳴(音)の,共振の.」とある。 *小学館プログレッシブ英和中辞典
 そのNet&Comでのキーノートスピーチを聴くために、僕は出かけたのである。スピーチのことは後で書くが、まず行ってみて正直驚いたのは、ことさら“ユビキタス”をうたう企業がほとんどないことだった。セッションタイトルを見ても、それらしいものは1つしかないのだ。昨秋のWPC EXPOではユビキタスづくしの感/観があったのに、いったいどうしたのだろう。これって、“ユビキタス”の賞味期限が切れてしまったということなのかノ。そうではない、と思う。ユビキタスという考え方は、ネットワークやコミュニケーションの今後を指し示す、かなり重要なキーワードだ。ただ、今は、それよりも現実的なキーワード、たとえばWeb、セキュリティ、ネットワークソリューションなど、より具体的な技術とビジネスに取り組むのがNet&Comに参加するようなオトナの企業の流儀、ということなのだろう。実際、お客さんにガキは一人もいなかったみたいだし(ちらっと、コンパニオンにカメラを向けてポーズをとらせている姿も見かけたけど)。

 さて、そのキーノートスピーチは、開催2日目の朝一番にあった。Net&Comの開場は10時半なのに、それより前の10時から始まるのである。9時45分には、もうすでに満席に近い状態だった。NTTグループのトップがしゃべるのである。みんな期待してるんだあ、である。ところが、である。ふたを開けてみると、まず10分ほどの、お金かけました風なプロモーションビデオが流された。西陣を舞台に、若い世代(地場産業の後継者たち)がNTTの“光”新世代ビジョンで実現する世界を生きることによって、素晴らしい成功をつかんでいくというストーリー。まあ、ビジネスシーンのなかでの、ある種のファンタジーとして、良くできてると思いました。
 その後がいけなかった。社長が「このビデオだけではよく分からないところもおありだろうと思いますので、ちょっと解説いたします」と、手元の原稿を丸読み、である。異様にていねいで、センテンスが長くて、まるっきり企画書、しかも、つっかえつっかえ、である。パッションもエモーションもイマジネーションも感じさせないのである。僕は思った。あなたのビジョンを聴きたかったのに。ビデオでは語りきれないことを、もっと知りたかったのに。
 朝刊の広告紙面は“レゾナントコミュニケーションの世界へ”というスローガンで結ばれていた。彼のキーノートスピーチも、テーマは僕たちの理解を“レゾナントコミュニケーションの世界へ”誘うことだったと信じたい。だが僕は、NTTが“レゾナントコミュニケーションの、ナゾの世界へ”迷い込んでしまった気がする。彼にレゾナントとは何かと直接訊ねたとして、その声は、そのまま壁に跳ね返りうつろに響くばかりなのではないか。レゾナントって、ナゾなんす、ホント。

***
カンノシュンイチロウ(2003.2.19)
mail at kannos dot co dot jp


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K A N N O S * I N D E X X
<キーワード“毎日”発見> 番外編

※朝日新聞に掲載されたデザイナー三宅一生さんのコメントを全文引用させていただきました。

*造ろうデザインミュージアム*
   世界水準の「資源」生かして
   (朝日新聞2003/01/28掲載)

 バブル経済の崩壊から約10年がたつ。お先真っ暗にも見えるが、この状況を打開する道がみつかるかもしれない。自信を失った国に希望があるとすれば、「創造力」さらに言うなら「デザイン」の四文字がその鍵を握っている。私はそんな気がしている。
 昨年一月に急逝したデザイナー田中一光さんはあるインタビューにこたえ、次の言葉を遺した。
 「デザイナーには常に新しい方向を向いていなければ、という強迫観念があるのですが、それだと本当に前を見る時に比較するものがない」
  *  *
 田中さんはいつも、ジャンルを超えた人たちの創造エネルギーの渦の中心にいて、見事なプロデューサーぶりを発揮した。グラフィックと立体の違いなど何もなく、創ることの歓びがあった。いっしょに仕事をするたび、勇気づけられもした。田中さんの意志を継ぐのは容易ではないが、比較すべき「デザインの遺産」の重要性に気づくことが、ひいては日本人の勇気につながるのではないか。
 日本の20世紀を振り返れば、戦前の工芸の運動から始まり、戦後は経済成長も手伝ってさまざまな分野のデザインが飛躍的に発展し、人々の生活に深く入り込んできた。プロダクトでは剣持勇氏や柳宗理氏、倉俣史朗氏ら、グラフィックでは亀倉雄策氏や田中一光氏らの巨人たちがすぐれた仕事をし、日本デザインを世界水準に引き上げてくれた。彼らの普遍的で汎用性のある仕事は、私たちの生活の一部となっている。
 また、日本のすぐれた企業デザインも忘れることはできない。日常品、家電品、建築や環境デザイン等。ファッション・デザインにおいても、世界のクリエーションをエキサイティングなものにしているのは、日本のデザイナーであり、日本の素材であるといえる。だが、独創的なデザインや技術、それに形を与えるデザインに対し、今の日本人はあまりにも無頓着である。オリジナリティーのあるデザインによって、生活がうまく機能し、ひいては文化的、精神的な豊かさが育つことを、もっと意識すべきだ。有名ブランドばかりを追いかけていては、何も始まらない。何か新しいことを始めようとすると「それはちょっとムリですよ」といわれる。さらに「おカネがない」と続く。
 そうじゃないでしょう? わが国の貧しさは、物質的なものではなく、精神的な自信のなさに由来している。それは、美術やデザイン行政の無策ぶりに、企業の文化事業からの後退に、そして明日に希望を持てない若者たちの姿に、端的に表れていると思う。
  *  *
 ロンドンやベルリン、北欧の都市に活気が出てきたのには「デザイン」が作用している。自国の技術や伝統をカタチにして見せる、ヤル気の表現になっている。
 89年、ロンドンにいち早く「デザインミュージアム」が設立。ニューヨーク、ベルリン、チューリッヒ、ヘルシンキ、その他世界の主要都市に「デザインミュージアム」は存在する。世界に誇り得るデザインの宝庫である日本に「デザインミュージアム」ができるのは、いったいいつのことか。
 資源を持たない国で、日本人がこれからも胸を張って生きていくには、今以上に知的なエネルギーを発揮するしかない。国際的に通用する「デザイン」立国の道を探る方策もあるのではないか。ただ消費するばかりでなく、つくることの大事さをもう一度考えよう。
 『明日があるさ』という歌が、リバイバルで少し前にはやった。けれども明日をつくるには、田中一光さんが書いていたとおり、比較するものが欠かせない。
 「今、なんだか“日本”が面白いぞ」
世界中でそんな言葉がささやかれるようになり、この国に新しい優れた才能が集まって仕事をし、面白いアイデアがどんどん出て、街も人も元気が出てくる・・・。そうした状況をつくり出したいなら、先人たちが遺したすばらしいデザイン遺産を保存・紹介し、未来に向けて同時代の同行も示す「デザインミュージアム」をつくろう。一つの大きなシンボルとなって、世界各地からたくさんの人々を引きつけてくれるはずだ。
 日本の企業にも、自社のデザイン・アーカイブをつくることを真剣に考えてほしい。系統だったデザイン・アーカイブをつくるのは生半可な仕事ではない。個人、あるいは一デザイナー事務所の力には限界があり、そして永続性がない。すぐれたデザインの伝統を保存・紹介する美術館づくりに、行政、民間、皆で力を合わせてすぐにでも取りかかろう。そこから、次の時代が生まれてくるものを確信している。
  *  *
 最後に、自分自身の感懐を。
 デザインの仕事は、じつに面白い。私がこの仕事をなんとかめげずにやってこられたのは、「デザインには悲しみはそぐわない、デザインには希望がある。そして、デザインは驚きと喜びを人々に届ける仕事である」というまことに単純素朴な理由からである。

三宅一生さん
朝日新聞2003/01/28
「造ろうデザインミュージアム」

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<1月21日、街へ>

7:30  起床
9:00  HP更新
10:00 身支度、ひげ剃り。
11:30 早昼食
12:15 外出、自転車で和光市駅へ。地下鉄に乗車。
13:15 東銀座駅の出口階段をのぼると、
    目の前に、スコーンとガラス張りの高層ビル。
    ほー、これがADK松竹スクエアか、
    と持参の地図で確かめる。
    I氏の携帯電話に、到着の電話を入れ、ビルの中へ。
    セキュリティとやらで、最近はどこの会社も、
    ぶらっとお邪魔するというわけにもいかなくなった
    (らしい、人の話では)。
13:30 オフィス内でI氏とお会いした。お互いの近況報告。
    このところ銀座の風も、いっそう冷たく
    厳しさを増しているようだ。春はまだ遠い、
    などという話ではない。
    広告業界は瀬戸際、ということ。
    高層ビルの眺望を持ってすれば
    展望が開けるというものでもない、
    ま、当然のことだが。
14:30 辞去、ふたたび地下鉄のひととなり、六本木へ。
    六本木駅からAXISビルまでのあいだに、
    以前はあったものがなくなっていた。いまは、
    がらんとした駐車場。
    激安、快進撃をうたう巨大ショップなど。
    違う街にきたのか。
    でも、AXISは健在(のように見えた)。
15:00 K氏のデザイン事務所を訪問する。
    六本木の風は、さらに冷たい気配。
    55歳で仕事を辞める予定、だそうな。
    それまで、あと数年。どうする? どうしょう?
    中高年パワーでなければ、
    その経験とノウハウがなければ
    できないこと、そんなデザインワークやコピーワーク
    というものが、あるのか、ないのか、
    ちょっと考えた。
    ニッチもさっちも、いかないと笑ってごまかす。
    (ああ、意味不明)
16:00 辞去、六本木駅から恵比寿駅へ。JRに乗り換えた。
    しかし、原宿駅で電車がストップ。
    池袋〜目白間で踏切事故。
    下車して、地下鉄へ。
    車内で、コラムの新ネタを考えた。
    和光市駅前の本屋で、久しぶりに読みたくなった
    アラン・シリトー
    「長距離走者の孤独」を探すが、見つからなかった。
18:00 帰宅
こうして、ひとに会うと、
少しだけ違う自分になって帰ってくる。
そんな気がするだけかもしれない。
いや、そうに違いないと思うが、
気がするだけでも、いいじゃないか。元気というのは、
そういうものでしょ。電気のように、なにかとなにかが
触れあったところに生ずるものが、元気である。
そう思ったから、
夕食の前に、ふたりの方に電話。お会いする約束をした。
    ところで、イラク情勢は...

2003/01/22
カンノシュンイチロウ
mail at kannos dot co dot jp
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<今週のカンノス>2003.1.15

ユビキタスの視点*
「マイノリティ・リポート」編


*その1

正月7日。明日から学校が始まってしまう、ということで、午前中、高校生の長男と小学生の三男をともなって、近所のシネコン(シネマコンプレックス)へ「マイノリティ・リポート」を観にいきました。観客は、私たちを含めて7人と、いかにも正月は終わりの風情。でも、見方によっては豪勢なホームシアターを手に入れたようで、うれしい。
スティーブン・スピルバーグの作品で、いちばん好きなものは何?と聞かれれば“激突!”と即答するのですが、実は、彼の作品を劇場で観るのは、初めてです。テレビの吹き替え版でなら、何度も、見てるけど。
さて、「マイノリティ・リポート」です。この作品では、“目”が重要な役回りをしています。ここで言う“目”とは、その実体としての眼球、そのいちばん奥にある網膜です。網膜には視神経が分布しており、それが(たぶん)複雑な模様を描いていて(たぶん)、その模様は、一人として同じものがない。そのことが、“ユビキタス”と深く関係する。
そうそう、もちろん映画はワクワク(暴力)、ドキドキ(推理)、最後には目がウルウル(感動)、3拍子そろって面白かったですよ。ごきげんでした。


*その2

最近注目のキーワードは“ユビキタス”。その意味はそもそも何か、というと、ラテン語で“偏在”つまり“あまねく存在すること”。
では、何があまねく存在するか、というと、それはどうやら“神”のことであり、“神様はどんなところにも、いらっしゃる、だから、あなたのことはいつでも見ているよ”というニュアンスらしい。
映画「マイノリティ・リポート」では、網膜の走査(スキャンと言った方が分かりやすいかな)が、この“神の目”の役割をしていました。
その理屈はこうです。
スキャナー(つまりコンピューターの目)が、光で、あなたの眼球の奥にある網膜の模様を読みとる。そのとき、あなたは名乗る必要もないし、IDカードもいらない。網膜の模様は複雑で、一人として同じ模様の人はいないし、誰もコピーすることはできない(はず)だから、“あなたは本人に間違いない”ということを証明するいちばん確実なやり方なのである。神様の目(スキャナー)が確かめたのだから間違いはないというわけです。
今日の夕刊には、網膜ではないけれど「虹彩による本人識別 成田空港で実験開始」という記事で紹介されています(朝日新聞2003/01/08夕刊)。こういうのを生体認証技術と言うんですね。


*その3

映画「マイノリティ・リポート」では、網膜をスキャンする装置が“神の目”のようにあまねく世界に存在していて、その視線からは誰も逃れられないという設定です。
たとえば、あらゆるセキュリティチェックは網膜スキャンでおこなわれるし、モール・シティというショッピングセンターでは、通路をただ歩くだけで網膜をスキャンされ、壁一面を埋め尽くす無数のテレビ広告がそばをとおる買い物客ひとりひとりに“ハーイ、カンノシュンイチロウさんが大好きなピチカート・ファイブのトリビュートアルバムが発売されました、お取り置きしてあります、いますぐお店へゴー!”みたいなことを絶叫するシーンがあって、これなどは、網膜走査でキャッチした人物に対して、その人だけのためのテレビ広告を一瞬のうちに作り画面に映し出すなんてことをしている。まさに“神わざ”です。
こういうのが、モール・シティの壁だけでなくシリアルの箱なんかにもついていて、せっせと“パーソナライズ広告”に励むわけです。ウザイ! とばかりに主人公が箱を投げ捨てる場面もありました。
“パーソナライズ広告”というのは、もうすでにamazon. comなどではおなじみですが、“カンノさんにおすすめの本があります”とかって、こちらが欲しそうな商品のリストを並べてみせますね。あれは、以前に注文した商品などから“カンノが好きそうなものは、こんなもの”と当たりを付けているわけです。お客が“オレの趣味、よく分かってるじゃん”と思えば、そのリストから商品を選びます。そんなことを繰り返しているうちに、当たりが多くなる、つまり何が当たって何が外れたかという情報をドンドン集めて、賢い“パーソナライズ広告”になっていくのです。その究極の姿が、モール・シティなんですね。
これはもう、最強の“商売の神様”って感じです。


*その4

ところで、ここまで書いてちょっと心配になりました。まさかとは思うけど、映画「マイノリティ・リポート」の中で本当に“商売の神様”が登場すると思った人がいたら、ごめんなさい。そうではありません。
あくまでも、この神様とは、スキャナーとコンピューターとネットワークがつくり出す新しい世界観を言いかえたものに過ぎません。
あらゆる場所に設置された網膜スキャナーがとらえた現実の“あなた”。
あらゆる機会をとらえて収集されたプライベート情報をもとに、コンピューターが作りだした、もうひとりの“あなた”。
そのふたつが、あらゆる場所に張り巡らされたネットワークで瞬時に結びつくことによって、いろんなことが可能になる。(そうか、そういう意味では、“あなた”が“あまねく存在する神様”とイコールになると言ってもいいわけか)
あ、すみません。ひとり合点しちゃって。よく分からないですよね。
本当の“あなた”は一人しかいない。けれど、スキャナーとコンピューターとネットワークがあまねく世界を覆い尽くすことによって、“あなた”はあらゆる時、あらゆる所に存在できる。なんとなく、一神教的な世界観ですね(これもラテン語の影響?)。
ところが日本で“ユビキタス”の第一人者と言ってもいい坂村健一さんは、こういう世界観とは違う、また別の考え方をしています。世の中のありとあらゆるものにコンピューターチップが埋め込まれ、近くにあるもの同士がお互いに交信し合うことによって、今までとは格段に違う便利さや快適さや安全を生み出していくというのです。これって、すべてのものに神が宿っているという“八百万の神がみ”の世界観みたいですよね。


*その5

ここで、映画「マイノリティ・リポート」の監督であるスティーブン・スピルバーグ自身に登場してもらいましょう。2054年の社会をイメージするために、スピルバーグは専門家によるシンクタンクを活用し、「テクノロジー、環境問題、犯罪取締、医薬、健康問題、社会サービス、交通機関、コンピュータ技術などの分野に関して最高の頭脳を一室に集め、半世紀後の未来がどうなるのか討論するのは良いアイデアだろうと思った」と言及しています。そして「TVというものが発明されて54年がたちます。ということは私たちは54年間TVを見続けているのです。たまたまこれは2054年の話ですが、2054年の社会では、今度はTVが私たちを見続けているのですね。TVゃカメラによって、目をスキャンされたり、時には私たちの性格すらもスキャンされている。と同時に消費志向なども全部調べられて、見られてしまっている。」と語っています。
彼は、こうした“プライバシーの消滅”に対する危機感と警告を映画の中でも色濃く反映させています。
でも、見方を変えれば、これは広告メディア産業のビジネストレンドをかなり現実的に表現したものと言えるわけです。あえてキーワードにすれば“ユビキタス広告”(ユビキタス・アドバタイジング、ユビキタス・マーケティング)ということになるでしょうか。もしかして、すでに広告代理店系のシンクタンクなどでは基礎研究が始まっているかもしれませんね。“ユビキタス広告研究会”なんていうのも、ありそう。
50年後を待たずとも、これから10年のうちに、テクノロジー、インフラ、ストラテジーの発達・進化、現場での膨大な試行錯誤をへて、より洗練された“ユビキタス広告”が姿を現してくるはずです。そのとき網膜スキャンによる監視社会になっているかどうか、それはともかくノ
願わくば、テクノロジー、インフラ、ストラテジーを駆使する現場側に、この身を置いていたいものです。

2003.1.15
カンノシュンイチロウ
***
*記載された内容は改良のため予告なく変更することがあります。
*ユビキタスの視点からの考察は、これからも続きます。

追伸:
今朝(2003.1.15)とどいたメールニュースで「やおよろずプロジェクト」の記事が紹介されていました(http://biztech.nikkeibp.co.jp/wcs/leaf/CID/onair/biztech/comp/225911)。日立製作所システム開発研究所、慶應義塾大学、東京工科大学、東京大学、文部科学省メディア教育開発センター、ユーディット(本社:横浜市)が参加し、来るべき“ユビキタス情報社会”を、従来の技術的な視点からだけではなく、人文科学、社会科学の視点からも考えようという共同研究プロジェクトとのこと。そのファーラムが開催されるようなので、見てきます。その報告は、またいずれ。

2003.1.15
カンノシュンイチロウ
***


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*ユビキタスがよくわかる参考記事*

★Mainichi INTERACTIVE 毎日小学生新聞★ニュースの言葉
http://www.mainichi.co.jp/edu/maisho/keyword/2002/06/p-20.html

ユビキタス
[2002/06/20]
 フランス語(ご)やイタリア語(ご)などの先祖(せんぞ)に当(あ)たるラテン語(ご)で「どこにでも存在(そんざい)する」という意味(いみ)の言葉(ことば)です。身(み)の回(まわ)りのあらゆるものに埋(う)めこんだ超小型(ちょうこがた)のIC(アイシー)チップが、お互(たが)いに通信(つうしん)して情報(じょうほう)をやりとりする次世代(じせだい)ネットワーク社会(しゃかい)のキーワードとして使(つか)われています。たとえば、道路(どうろ)に飛(と)び出(だ)しても靴(くつ)につけたチップのおかげで自動車(じどうしゃ)が急停止(きゅうていし)したり、お店(みせ)で商品(しょうひん)につけられたチップに値段(ねだん)が記憶(きおく)され、出口(でぐち)を通(とお)るときに合計金額(ごうけいきんがく)が銀行(ぎんこう)の口座(こうざ)から引(ひ)き落(お)とされるようになります。総務省(そうむしょう)が来年4月(らいねんしがつ)から本格的(ほんかくてき)な研究(けんきゅう)を始(はじ)めようと予算(よさん)を要求(ようきゅう)します。

*ユビキタスがよくわかる参考記事*
もっと詳しくお知りになりたい方には、こちらの記事をおすすめします。
★INTERNET Watch★【特集】 2010年、ユビキタスによって世界が変わる
http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2002/0930/special.htm

記事の概要
●ユビキタスとは、ブロードバンドでワイヤレスでモバイルな世界?
●ユビキタスは国家プロジェクトだ
●総務省の描く2005年、2010年のユビキタスネットワーク社会
●ユビキタスは、遅れてきた21世紀なのか


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<今週のカンノス> 2003.01.05

「SEの憂鬱」

昨年12月、
立て続けに2つの会社を取材した。
SE(システムエンジニア)の方々にお会いし、
ソフトウェア製品の導入に関する経験やご苦労を
語っていただいたのだ。
企業の基幹システムに組み込まれる
大規模で高価な製品のため、
導入にかかる期間も、必要なノウハウも、
お手軽なパソコンソフトとは桁違いだ。
最新テクノロジーを語る言葉は、どんどん熱を帯びていった。
しかし、導入後のユーザー評価に話がおよぶと、
一様に歯切れが悪くなった。
SEは、新しい技術が使いたい。
ところが大部分のユーザーは、
使い慣れたものが使いたいのだ。
これがジレンマとなる。SEの憂鬱の種だ。
導入以前よりも仕事の効率が落ちる、
そんな現象も起きる場合がある。
経営者は、それを見逃さない。
ときには、気の早い雑誌に
「導入失敗」などとすっぱ抜かれることもある。
だが、そうこうするうちに、頭の切り替えの速い
一部のユーザーが、結果を出し始める。
また、見かけは従来の使い勝手と同じだが、
中身はまったく新しい、といった
ウルトラC級のSE技で乗り切ることもある。
そうしてようやく、導入成功となるのだ。
...ホント、SEのみなさま、ご苦労様です。

2003.01.05
カンノシュンイチロウ


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<今週のカンノス> 2002.10

「ユビキタス・ネット社会って何ですか」

 1995年11月1日に日本語版が発刊されたニコラス・ネグロポンテ著「ビーイング・デジタル」の解説に、こんなことが書かれています。
著者であるネグロポンテ氏のもとでMITメディア・ラボでは(以下、西和彦氏による解説から抜粋)「TTT(Things That Think)プロジェクトというのが始まっていて、このTTTプロジェクトというのは考える物質というか、いろいろなものにマイクロプロセッサやセンサーを付加し、マイクロプロセッサ同士がコミュニケーションすることによって、有機的に結合したいろいろな賢い物体の世界がどうなるのかという研究」がおこなわれていると。
 さて、まもなく2002年11月1日を迎えようという今このとき、WPC EXPO2002のテーマは「ユビキタス・ネット社会を拓く」。
 そこでボクが思ったのは、7年前に始まったという、このプロジェクトのことです。プロジェクト自体がその後どうなったかは分かりませんが、「マイクロプロセッサ同士がコミュニケーション」という視点は、WPC EXPO2002を見て歩くうえでの良き道案内になってくれそうだと、まず思いました。
 いつでも、どこでも、家庭でも、職場でも、ハンバーガー屋さんでも、駅でも、あなたが好きなときにインターネットに接続できます、というのは楽しいことではありますが、今起きていることの、ほんの表層の話。
 ノートパソコンやPDA、携帯電話、カーナビ、デジカメ、ICレコーダー、テレビのリモコン、ガス漏れ警報機、防犯ベルなど、「マイクロプロセッサやセンサーを付加」されているものはすでにたくさんあって、湯沸かしポット、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機、お風呂もその仲間入りをしつつあり、これからは、そういうものすべてがあなたの意思と関係なく(というと怖そうだけど)、たとえるなら不随意筋や自律神経のような働き方で「有機的に結合したいろいろな賢い物体の世界」を作ろうとしている、というのが目に見えない部分の話。
 そういう世界の入り口を、垣間見せてくれるかなと期待して東京ビッグサイトに向かったのでした。
 SONY、TOSHIBA、PANASONICなどは、来るべきユビキタス・ネット社会のイメージをそれなりに楽しく描いていたと思います。パソコンやDVDレコーダー、プラズマテレビ、デジカメ、オーディオコンポなどがお互いにネットワークすると想像以上に便利そうだね。そういう印象はちゃんと残りました。ここでは、どういうプロセッサやセンサーが、どういうネットワークで結ばれ、どういうデータをやりとりしているか、目に見えない技術基盤の部分を細かく見せれてくれればもっといいのに、とも思うけど、もっと知りたい人は、我が社に直接コンタクトしてください、というわけですね。
 ドハデの演出という意味では携帯電話サービス会社は、さらに上をいっていたかもしれません。
 どこでもインターネットにつながるとか、映像や画像をメールするとかも楽しいのですが、でも、ユビキタス・ネット社会における携帯電話の位置づけがパッと分かるようなプレゼンテーションは、残念ながら見られませんでした。
 この先、残るのは携帯電話か無線LANか、みたいな議論も一部にあるようですが、全部残るんじゃないでしょうか。その時、その場所、相手次第でいかなるネットワークでも利用できるというのがユビキタス・ネット社会の常識になります。きっと。
 余談ですが、ADSLのおかげで、いずれなくなると言われていたアナログ固定電話が息を吹き返していますよね。ISDNはどうなるだろう。今の100倍いや1万倍も速いウルトラスーパーISDNというのを誰か考えてくれないかな。しかも料金をもっと安くして。
(ブロードバンド難民の独りごと)
 話を戻しましょう。これから携帯電話はあらゆるリモコンを一手に引き受ける、ウルトラスーパーリモコンになるというアイデアがあります。今回のショーでも、ちょっと紹介されていた気がしますが。これなどは、けっこうユビキタスですね。海外出張中に、地球の裏側からビデオ録画の予約オン/オフを携帯電話で、とか。
 さてさて、忘れてはいけない大きな目玉商品がありました。タブレットPCです。その昔、ペンコンピュータとか言ってましたが、再び登場です。というと昼間のユーレイみたいですが、その実力はアナドレないと見ました。
 たとえばです。今ボクは使い終わったコピー用紙の裏側に、このテキストを書き殴っています。あとでパソコンに入力する作業が待っているわけです。ハジメからパソコンで書いていれば別ですが、今回は書き殴りたい気分だったので。
 タブレットPCの場合は、どうなるか。紙の上と同じように、タブレットPCの画面上で専用ペンを使って書き殴ればよろしい。その通り、画面上に文字が現れます。手書きのイメージのままでデータを保存することもできますし、キーボードで入力したテキストのように保存することもできます。これまでと違うのは、その正確さとスピードで、実用に耐える能力をついに獲得したわけです。これはマンガを描くのにピッタリだ、という意見もありますね。
 タブレットPCには、他にもいろいろと使い方があるようです。SONYのAIRBOARDみたいなこととか。今後、東芝、富士通、SOTECなどから新製品が登場します。ご注目を。
 即席レポートという割りには、長々と書いてしまいました。即席ラーメンなら、もうグタグタですね。ごめんなさい。
 幕張開催のCEATECは、規模自体かなり大きいものの、そのあとに始まるWPC EXPOの前哨戦だったのかな(なんて言い過ぎでしょうか)。
 主だった企業のプレゼンテーションは、WPCでもそのまま再現されていたみたいです。CEATECに行ったのが10月4日で、WPCが10がつ15日ですから、その間10日ほどしかないですし、当然かも。来場者数はWPCが34万人。CEATECは何人だったのでしょう? ちなみに昨年は15万8830人だったそうです。
 今回は残念ながらセミナーにはひとつも参加できませんでしたが、日経BPなどのニュースを見る限る、かなり新技術の話題も豊富でした。そのことは、また別の機会に。
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