幕張、漫歩! 「NETWORLD+INTEROP2003」
10周年を迎えたという「NETWORLD+INTEROP2003」に今回、初めて行ってみた。午後におこなわれる村井純さんの基調講演を見る、ということだけ決めて、とりあえず展示会場をブラブラ。どんな人たちがやってきて、どんなことに目を輝かせているか観察することにした。
まず目を引いたのは、IP電話である。わたしは分割前のNTTの仕事で、いわゆるPBX(構内電話交換機)のカタログを作っていたことがあるが、その頃すでに企業の本社ー支社間を結ぶ専用線で「IP内線電話」を活用する話が出ていて、いずれPBXはIPに取って代わられるとNTTの担当者も言っていたが、その通りになったようだ。
以前はPBXを作っていたNEC、富士通、沖、日立の各社がメ脱PBXモを鮮明にして、IP電話向けの製品やシステム構築例を紹介していたし、NTTのグループ各社もまきこんで競合し、しのぎを削っていることがひしひし感じられた。新聞見出し風に言えば、さながらIP戦国時代。
携帯電話の登場以前は、電話と言えばかならずつながるものだった。通信の事故とかは別にして、通信会社が違うからつながらないなんてことは原則的になかった。NTTしかないわけだから当然だ。今は、たくさんの通信キャリアがある。それでもNTTの電話からKDDIの電話につながるし、DoCoMo、au、Jフォンのどの携帯電話同士でも話ができる。こうやって違うシステム同士やネットワーク同士がつながってメ使えるモ状態になることを相互運用性というのだが、それを英語で言うとinteroperability、展示会のINTEROPという名称もここから来たのだ。
IP電話の話題でいちばんの焦点となっていることも、違うIP電話ネットワーク同士や従来の固定電話ネットワークとつながってメ使えるモ状態になれるか、ということなのだ。東京ガスが社内の電話にIP電話を導入するにあたって、緊急通報を受け付けるセクションには従来の電話を残すことにしたそうだ(NHKクローズアップ現代)。でも完全に従来の電話に取って代わる日はそう遠くないだろう。
午前中、展示会場内をひとわたり見てまわり最後に立ち寄ったのは、小さな小さなブース。 たまたまEdenという字が目に入った。E電ではなくエデンと読むのだろうが、なんというか、とりわけクサイ名前ではないか。そう思って通り過ぎようとしたら、そこにいた黒いTシャツのお兄さんと目が合ってしまった。その強力な磁場に引きつけられてしまった。株式会社オムニサイソフトウェアという会社で、プロ向けのネットワーク監視システムを開発し、この展示会にも製品と人材を提供しているのだという。
ネットワーク監視などにアマチュアなんているのかと思って、いったいプロ向けとはどういう意味かと聞いたら、それはデータセンターとかインターネットサービスプロバイダのような メネットワークのプロモ向けという意味だった。だとすると大きな市場が見込めるとも思えないし、さぞ値も張るんでしょうねと嫌みな質問をすると、10万円以下の金額で導入できますよと意外な返事がかえってきた。そんなことで会社が維持できるとも思えないから、社員数を訊ねたら15名、年商は1億5千万円だという。ということはひとり1千万円でしょ、維持できないでしょ、と畳みかけたら、それで大丈夫なのだそうな。好きで始めたことだし、ほかに競争相手もいないし、大きく儲けようなどということはサラサラ考えていないし、そもそも設備投資が膨大にかかるわけでもないから。よくよく見ると優しげな目をしたお兄さんは、そう言うのだった。
すると今度は、どんなお仕事をされているんですかと逆に質問されてしまった。ライターです。10年以上前、1990年版のアスキーという会社の会社案内を担当したのが、情報システムという業界に興味を持ったきっかけで、こうして頼まれもしないのに展示会に出かけてきたりするんですよ、などとクチが勝手に動いていた。 そうしたら、相手のお兄さんは昔アスキーにいたと言うではないか。会社には元アスキーさんもけっこういるらしい。1980年後半、お兄さんは月刊アスキーでワークステーションをテーマにしていろいろやっていたが、技術者になりたいとの想いがこうじて、ついにソニーへ転職。NEWSという伝説のワークステーションに関わったらしい。 それで思い出した。会社案内のための取材で西さんにお会いしたとき、アスキーの紙面はNEWSで作ってるとか自慢していたなあ。あのとき初めてイーサネットも見たんだ。電線の被覆の上からプチっと刺すヤツだった。なんと乱暴な、と思ったものだ。「がんばってください」なんていつもあまりクチにしないことをクチ走って、そのブースをあとにした。
午後、村井純さんの基調講演会場に向かうと、すでに長蛇の列。4列に並んでお待ちください。事前登録をお済みの方はこちらにお並びください。という係員の声の中、列の脇を通りかかったいかにも学者です然としたオッサンの「そんなに聞きたいかねえ」の一言が、はっきり聞こえた。ふーん、やっぱり、いろいろ派とか、なになにグループとかあるんだろうなあ、この世界にも。 そんなことを考えながら、冷静に基調講演を聞いた。面白かったし、聞いて良かったとも思った。内容はhttp://www4.nikkeibp.co.jp/NCC/news_top10/f_ncc3697.htmlで紹介されているので、どうぞ。
どんな人たちがやってきて、どんなことに目を輝かせているか観察するとはじめに書いた。圧倒的に背広姿という印象ではあったけど、ラフな服装のネットワーカーもたくさんいたし、そういう人のIDカードに大手通信キャリアの関連会社のネームが入っていたりするのを見ると、こっちの顔がにやけてしまって妙な気分だった。変な言い方だけど、初めてディスコに行ったときみたいな。踊りのウマイ人たちの人たちの中に入れないけれど、その場にいるだけで嬉しくなってくる感じ。そのうちに自己流の踊りを始めてしまって、自分は凄く楽しいけど、完全に浮き上がってしまうオレ、なんだけど。 それはともかく、このフロアにいるネットワーカーたちは、みんなEdenの説明をしてくれたお兄さんと根っこは同じで、その、あえていえばハッカー気質みたいなもので結ばれた人たちの強いオーラに痺れてしまった。来年も、痺れにこようっと。
カンノシュンイチロウ mail at kannos dot co dot jp
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ インターネットでの買い物も携帯電話でする時代。 知らず知らずのうちに、 みんな暗号技術のお世話になってるんです。 でも、その暗号を盗んで解読する技術も どんどん進んでるらしい。 ということで、 解読の難しい暗号にするために必要な技術が 「物理乱数」です。 それをどうしたら分かりやすく説明できるか、 というが、今回のテーマです。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
「暗号と物理乱数」
まず、復習から。 暗号は、古い技術です。 かつては政治、軍事の世界のお話しでした。 スパイの専売特許でもありました。 ビジネスの世界では、 銀行のネットワークが 最初の本格的な利用例でしょう。 今、暗号は、新しい技術です。 企業と個人のどちらにも身近なお話しです。 産業スパイにとって 専売特許であることは確かです。 詐欺行為、 盗聴や「なりすまし」による窃盗行為、 さらにストーカー行為などの 犯罪者にとっても。 携帯電話は、 盗聴されても会話が理解できないように 電波が暗号化されています。 インターネットでの通販は、 カード番号を送る際に SSLという方法で送信します。 これも暗号化です。 暗号化する、の反対は、復号化です。 読めない状態にする、の反対は、 読める状態に復旧する。 かつての暗号は、 暗号化と復号化の関係が、可逆的だった。 (かなり乱暴な言い方ですが) 現代の暗号は、不可逆的 といってもいいレベルのものを目指しています。 数学的な手法によって、 一方向性関数と言いますが、 暗号化するのは一瞬、 でも復号化するには何億年もかかる、 というものです。 A********* ×B********** =C************という計算を してできた数列をもとに、 メッセージを暗号化する。 AもBも桁の大きい素因数です。 盗聴者は、この数列Cを入手したら、 素因数分解をしてAとBを見つけなければ、 復号化できないという仕組みを作っておく。 これが、非常に大ざっぱですが、現代の 暗号の仕組みです。 この素因数分解は、 途方もない計算量が必要になる。 ここで、問題です。 では、そのAとBは どうやって決めるのだろうか。 オレの誕生日は、 1955.01.29だから15512にしよう。 ということでは、 オレの誕生日を知っているヤツには 予想できてしまう。それじゃ・・・ などとやっていては、ダメなんですね。 だれにも予想できない、 突拍子もない数字でなくちゃ。 といえば、乱数しかないじゃないか。 というわけで、現代の暗号は “乱数発生装置”が組み込まれています。 ですが実は、その乱数は、まだ本物ではない。 永遠に思えるほどの計算をしていくと、 一番最初の数字に戻って、あとは そのパターンの繰り返しになる。 これを疑似乱数といいます。 それでは、本物の乱数ってあるのか。 あるのです。それが物理乱数です。 物理の世界 (電子の世界と言い換えても良いかも)では、 本当の偶然性というものが存在する。 いくらでも起きている。 天気が 「絶対的な精度のレベルでは当たらない」 のは、そのせいですよね。 あまりにも変化のファクターが多すぎて、 法則性が確立できない状況といいますか。 それと同じくらい気まぐれな電子の動きを、 「コントロールできる状態で生み出せる」 というのが、 物理乱数生成回路の大発明なところ。 電子の動きをコントロールしている のではありませんよ。 孫悟空を閉じこめた観音様の手のひら といいますか、 気まぐれを100%許しつつ、 すべてを知って(つまり記録して)いる。 たとえれば、そんなことかな。 さて、暗号といえば、公開鍵方式。 現代の暗号は、 これによって革命的な飛躍をしたのです。 そして、政府・軍事(スパイ)の世界から、 ビジネス、プライベートの世界へ やってきました。でも、 この話はとってもむずかしいので、 そうなんだという程度しか (わたしにはまだ)理解できません。 とはいえ、これは言えます。 物理乱数をつかった暗号技術は、 究極の強さをもった暗号をつくりだします。 つまり誰にも破れない(産業スパイにも、 政治スパイにも、詐欺師にも、 ストーカーにも)はずです。 それゆえに、これは日本初であると同時に 日本発のキラー・グローバル・スタンダード になる可能性がある。 だから、期待されているのです。 (詳しくは日経新聞で調べてみてね) その使い方とか、 ユビキタス社会がどうしたこうした、 の話はほかにお任せしますが、 ひとことだけヒント。 何か情報をやりとりするとき、これからは、 だれが、 いつ、 どこから、 なにを、 どうやって送ったか、 ということ(これらも情報です)まで含めて、 すべての情報を暗号化して送ったり 受け取ったりするようになります。 なぜなら、電子の世界では、 だれでも、あなたになれる。 その情報を身にまとった人が “あなた”だと見なされるからです。 (産業スパイにも、政治スパイにも、 詐欺師にも、ストーカーにも) そうさせないために、 あなたが、いつ、どこから、なにを、 どうやって送ったか、という事実のすべてを、 あなたと受け取った相手以外の誰にも ヒミツにしておかなければならない。 というのが、アメリカの暗号技術者たちが 「公開鍵」方式を考案し、 普通の人々にばらまいた 大きな理由のひとつです。 あれ、ひとことが多すぎたかな。 以上、決して明るくない未来を生きる ご参考にしてください。
2003/06/03 カンノシュンイチロウ mail at kannos dot co dot jp
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レゾナントって、ナゾなんす、ホント
今日(2003.2.19)の朝日新聞、朝刊にNTTグループの全面広告が出ていた。その内容は、今月、幕張で開催されていたNet&Comでも社長みずからキーノートスピーチしなければならないほど、NTTにとって起死回生の戦略なのだ。そこに出てきたのが“レゾナント”。辞書*では「resonant=1<音・声などが>よく響く,響き渡る;<声が>朗々たる. 2<場所・物体などが>(音・声などで)鳴り響く,共鳴[反響]する((with)):〜walls共鳴しやすい壁/a valley with the songs of birds鳥の声のこだまする谷間. 3共鳴(音)の,共振の.」とある。 *小学館プログレッシブ英和中辞典 そのNet&Comでのキーノートスピーチを聴くために、僕は出かけたのである。スピーチのことは後で書くが、まず行ってみて正直驚いたのは、ことさら“ユビキタス”をうたう企業がほとんどないことだった。セッションタイトルを見ても、それらしいものは1つしかないのだ。昨秋のWPC EXPOではユビキタスづくしの感/観があったのに、いったいどうしたのだろう。これって、“ユビキタス”の賞味期限が切れてしまったということなのかノ。そうではない、と思う。ユビキタスという考え方は、ネットワークやコミュニケーションの今後を指し示す、かなり重要なキーワードだ。ただ、今は、それよりも現実的なキーワード、たとえばWeb、セキュリティ、ネットワークソリューションなど、より具体的な技術とビジネスに取り組むのがNet&Comに参加するようなオトナの企業の流儀、ということなのだろう。実際、お客さんにガキは一人もいなかったみたいだし(ちらっと、コンパニオンにカメラを向けてポーズをとらせている姿も見かけたけど)。
さて、そのキーノートスピーチは、開催2日目の朝一番にあった。Net&Comの開場は10時半なのに、それより前の10時から始まるのである。9時45分には、もうすでに満席に近い状態だった。NTTグループのトップがしゃべるのである。みんな期待してるんだあ、である。ところが、である。ふたを開けてみると、まず10分ほどの、お金かけました風なプロモーションビデオが流された。西陣を舞台に、若い世代(地場産業の後継者たち)がNTTの“光”新世代ビジョンで実現する世界を生きることによって、素晴らしい成功をつかんでいくというストーリー。まあ、ビジネスシーンのなかでの、ある種のファンタジーとして、良くできてると思いました。 その後がいけなかった。社長が「このビデオだけではよく分からないところもおありだろうと思いますので、ちょっと解説いたします」と、手元の原稿を丸読み、である。異様にていねいで、センテンスが長くて、まるっきり企画書、しかも、つっかえつっかえ、である。パッションもエモーションもイマジネーションも感じさせないのである。僕は思った。あなたのビジョンを聴きたかったのに。ビデオでは語りきれないことを、もっと知りたかったのに。 朝刊の広告紙面は“レゾナントコミュニケーションの世界へ”というスローガンで結ばれていた。彼のキーノートスピーチも、テーマは僕たちの理解を“レゾナントコミュニケーションの世界へ”誘うことだったと信じたい。だが僕は、NTTが“レゾナントコミュニケーションの、ナゾの世界へ”迷い込んでしまった気がする。彼にレゾナントとは何かと直接訊ねたとして、その声は、そのまま壁に跳ね返りうつろに響くばかりなのではないか。レゾナントって、ナゾなんす、ホント。
*** カンノシュンイチロウ(2003.2.19) mail at kannos dot co dot jp
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K A N N O S * I N D E X X <キーワード“毎日”発見> 番外編
※朝日新聞に掲載されたデザイナー三宅一生さんのコメントを全文引用させていただきました。
*造ろうデザインミュージアム* 世界水準の「資源」生かして (朝日新聞2003/01/28掲載)
バブル経済の崩壊から約10年がたつ。お先真っ暗にも見えるが、この状況を打開する道がみつかるかもしれない。自信を失った国に希望があるとすれば、「創造力」さらに言うなら「デザイン」の四文字がその鍵を握っている。私はそんな気がしている。 昨年一月に急逝したデザイナー田中一光さんはあるインタビューにこたえ、次の言葉を遺した。 「デザイナーには常に新しい方向を向いていなければ、という強迫観念があるのですが、それだと本当に前を見る時に比較するものがない」 * * 田中さんはいつも、ジャンルを超えた人たちの創造エネルギーの渦の中心にいて、見事なプロデューサーぶりを発揮した。グラフィックと立体の違いなど何もなく、創ることの歓びがあった。いっしょに仕事をするたび、勇気づけられもした。田中さんの意志を継ぐのは容易ではないが、比較すべき「デザインの遺産」の重要性に気づくことが、ひいては日本人の勇気につながるのではないか。 日本の20世紀を振り返れば、戦前の工芸の運動から始まり、戦後は経済成長も手伝ってさまざまな分野のデザインが飛躍的に発展し、人々の生活に深く入り込んできた。プロダクトでは剣持勇氏や柳宗理氏、倉俣史朗氏ら、グラフィックでは亀倉雄策氏や田中一光氏らの巨人たちがすぐれた仕事をし、日本デザインを世界水準に引き上げてくれた。彼らの普遍的で汎用性のある仕事は、私たちの生活の一部となっている。 また、日本のすぐれた企業デザインも忘れることはできない。日常品、家電品、建築や環境デザイン等。ファッション・デザインにおいても、世界のクリエーションをエキサイティングなものにしているのは、日本のデザイナーであり、日本の素材であるといえる。だが、独創的なデザインや技術、それに形を与えるデザインに対し、今の日本人はあまりにも無頓着である。オリジナリティーのあるデザインによって、生活がうまく機能し、ひいては文化的、精神的な豊かさが育つことを、もっと意識すべきだ。有名ブランドばかりを追いかけていては、何も始まらない。何か新しいことを始めようとすると「それはちょっとムリですよ」といわれる。さらに「おカネがない」と続く。 そうじゃないでしょう? わが国の貧しさは、物質的なものではなく、精神的な自信のなさに由来している。それは、美術やデザイン行政の無策ぶりに、企業の文化事業からの後退に、そして明日に希望を持てない若者たちの姿に、端的に表れていると思う。 * * ロンドンやベルリン、北欧の都市に活気が出てきたのには「デザイン」が作用している。自国の技術や伝統をカタチにして見せる、ヤル気の表現になっている。 89年、ロンドンにいち早く「デザインミュージアム」が設立。ニューヨーク、ベルリン、チューリッヒ、ヘルシンキ、その他世界の主要都市に「デザインミュージアム」は存在する。世界に誇り得るデザインの宝庫である日本に「デザインミュージアム」ができるのは、いったいいつのことか。 資源を持たない国で、日本人がこれからも胸を張って生きていくには、今以上に知的なエネルギーを発揮するしかない。国際的に通用する「デザイン」立国の道を探る方策もあるのではないか。ただ消費するばかりでなく、つくることの大事さをもう一度考えよう。 『明日があるさ』という歌が、リバイバルで少し前にはやった。けれども明日をつくるには、田中一光さんが書いていたとおり、比較するものが欠かせない。 「今、なんだか“日本”が面白いぞ」 世界中でそんな言葉がささやかれるようになり、この国に新しい優れた才能が集まって仕事をし、面白いアイデアがどんどん出て、街も人も元気が出てくる・・・。そうした状況をつくり出したいなら、先人たちが遺したすばらしいデザイン遺産を保存・紹介し、未来に向けて同時代の同行も示す「デザインミュージアム」をつくろう。一つの大きなシンボルとなって、世界各地からたくさんの人々を引きつけてくれるはずだ。 日本の企業にも、自社のデザイン・アーカイブをつくることを真剣に考えてほしい。系統だったデザイン・アーカイブをつくるのは生半可な仕事ではない。個人、あるいは一デザイナー事務所の力には限界があり、そして永続性がない。すぐれたデザインの伝統を保存・紹介する美術館づくりに、行政、民間、皆で力を合わせてすぐにでも取りかかろう。そこから、次の時代が生まれてくるものを確信している。 * * 最後に、自分自身の感懐を。 デザインの仕事は、じつに面白い。私がこの仕事をなんとかめげずにやってこられたのは、「デザインには悲しみはそぐわない、デザインには希望がある。そして、デザインは驚きと喜びを人々に届ける仕事である」というまことに単純素朴な理由からである。
三宅一生さん 朝日新聞2003/01/28 「造ろうデザインミュージアム」
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<1月21日、街へ>
7:30 起床 9:00 HP更新 10:00 身支度、ひげ剃り。 11:30 早昼食 12:15 外出、自転車で和光市駅へ。地下鉄に乗車。 13:15 東銀座駅の出口階段をのぼると、 目の前に、スコーンとガラス張りの高層ビル。 ほー、これがADK松竹スクエアか、 と持参の地図で確かめる。 I氏の携帯電話に、到着の電話を入れ、ビルの中へ。 セキュリティとやらで、最近はどこの会社も、 ぶらっとお邪魔するというわけにもいかなくなった (らしい、人の話では)。 13:30 オフィス内でI氏とお会いした。お互いの近況報告。 このところ銀座の風も、いっそう冷たく 厳しさを増しているようだ。春はまだ遠い、 などという話ではない。 広告業界は瀬戸際、ということ。 高層ビルの眺望を持ってすれば 展望が開けるというものでもない、 ま、当然のことだが。 14:30 辞去、ふたたび地下鉄のひととなり、六本木へ。 六本木駅からAXISビルまでのあいだに、 以前はあったものがなくなっていた。いまは、 がらんとした駐車場。 激安、快進撃をうたう巨大ショップなど。 違う街にきたのか。 でも、AXISは健在(のように見えた)。 15:00 K氏のデザイン事務所を訪問する。 六本木の風は、さらに冷たい気配。 55歳で仕事を辞める予定、だそうな。 それまで、あと数年。どうする? どうしょう? 中高年パワーでなければ、 その経験とノウハウがなければ できないこと、そんなデザインワークやコピーワーク というものが、あるのか、ないのか、 ちょっと考えた。 ニッチもさっちも、いかないと笑ってごまかす。 (ああ、意味不明) 16:00 辞去、六本木駅から恵比寿駅へ。JRに乗り換えた。 しかし、原宿駅で電車がストップ。 池袋〜目白間で踏切事故。 下車して、地下鉄へ。 車内で、コラムの新ネタを考えた。 和光市駅前の本屋で、久しぶりに読みたくなった アラン・シリトー 「長距離走者の孤独」を探すが、見つからなかった。 18:00 帰宅 こうして、ひとに会うと、 少しだけ違う自分になって帰ってくる。 そんな気がするだけかもしれない。 いや、そうに違いないと思うが、 気がするだけでも、いいじゃないか。元気というのは、 そういうものでしょ。電気のように、なにかとなにかが 触れあったところに生ずるものが、元気である。 そう思ったから、 夕食の前に、ふたりの方に電話。お会いする約束をした。 ところで、イラク情勢は...
2003/01/22 カンノシュンイチロウ mail at kannos dot co dot jp
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