第20040217話:
「REMOVE」
この一週間、連日、海外から、バイアグラのアドメールが、 殺到している。 その前は株関係のStockがなんちゃらというメールだった。 かたっぱしからADDRESS REMOVEをクリックしているけど、 いつ終わるのかなあ。こういうの。
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携帯電話へのエロスパムメールは、アドレス変更で解決しましたが、最近、インターネットでの海外からのスパムメールが急増しております。 スパム対策として「ウェブやメーリングリスト、掲示板などで電子メールをさらさない」「たとえばname@domain.comをname at domain dot comのように、人間には分かるが、ボッツには分からないように書き換える」などの方法があるそうです(http://www.hotwired.co.jp/bitliteracy/tsutiya/030819/)。そこで、当ページでもメールアドレスを次のように書き換えることにしました。
mail at kannos dot co dot jp
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「ぼくの見た戦争」(高橋邦典著、ぽぷら社刊)に興味のある方は、著者のウェブサイト(http://www.kuniphoto.com/およびhttp://www.jmag.com/kuni.html)をごらんになることをおすすめします。 直リンクをこのページの一番下に張っておきました。ご利用ください。
第20040130話:
「お隣はイラク」
最近、駅で、普通あまり見かけることのない外国人たちの姿を、しばしば見かけるようになった。その外国人とは米国軍人である。 ここは自衛隊朝霞駐屯地から最寄りの駅。彼らの任務は何か、想像するしかないが、たぶん視察団なのだと思う。軍服姿はひとりもなく、思い思いの服装をしているが、そろいのキャップをかぶっていたりする。 かつて朝霞に米軍キャンプがあった頃には当たり前の光景だったが、今では本当に珍しい。ベトナム戦争や安保闘争の頃は、この駅の広場で反戦集会などもおこなわれていた。駅舎はまだ木造だったっけ。 確かめたわけではないが、この朝霞駐屯地からも、自衛隊員がイラクに派遣される計画があるのかも。息子たちが通う中学校には、父親や母親が自衛隊勤務という子どももいる。そうした家族の間では「お隣は今度、イラクに出張なんですって、大変よね」なんて会話が交わされたりするのだろうか。
第20040126話:
「断食の刑」
先日、夜のニュースを見ていたら、15歳の男子中学生が両親によって飢え死にさせられるところだった、という事件を報じていた。こういうニュースに接すると、いつも思うことだが、こういう場合は加害者に、被害者と同じ苦痛を味合わせるのが妥当なのではないか。この事件の加害者には、断食の刑。金を盗んだ場合は、同じ金額を返済する刑。放火で人が亡くなれば火刑。シンプルでいいと思う。借りたものは返す。これに尽きる。(だから債務の帳消しなど、もってのほか。ただし、その債務が妥当なものである場合) 15歳の男子中学生は、体重が同年齢の平均の半分しかなかったという。逮捕された両親を見ると、平均体重をかなり上回っていそうである。その体重が同年齢の標準の半分以下になるまで、という条件で刑を執行する、というのがオレの提案。良いダイエットとか言わせない。飢え死にするか、15歳男子中学生のように意識不明になるか、平均体重の半分でなお生き延びるか。
第20040121話:
「外外道」
げどう【外道】(1)〔仏家から見て〕仏教以外の教え。〔広義では、真理にはずれた道や異端を指す〕(2)「外道」を信じる人。〔人をののしって言う時にも使われる〕(3)〔釣りで〕目的以外の魚。(三省堂=新明解国語辞典より) あなたは“ベスト外道”をご存じだろうか。ソニーミュージックから2003年6月25日リリースされたCDとDVDの2枚組ボックスであるが、中身は、かれこれ30年前のもので、当然、古い。その30年前に、一度、外道をライブで聴いたことがある。何かの学園祭だったと思う。強烈だった。当時は、たとえばマイルス・デイビスから、はっぴいえんど、そして泉谷しげるへ、というふうに自分の音楽の嗜好が毎日めまぐるしく変わっていく感じだった。その日は、外道最高!だったのである。書いてるうちにだんだん、そのときの状況が脳裏によみがえってきた。あれはたぶん大東文化大学の体育館だ。泉谷しげるとイエローのほか、バンドワゴンをリリースしたばかりの鈴木茂、それにラストショー。外道というバンドが出るけど、かなりヤバイよ、ということだった。危なくなったら逃げられる体制で聴いた。ところが、一発目の「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ外道!」で耳をノックアウトされて、もう何があってもここを動かないぞと思って、全部聴いた。実際、外道集団というのがかなり来ていたと思うし、大東文化大学の体育会系がぐるりと体育館の壁際に立っていた記憶もあるし、鳥肌立つくらい怖かったけど。その鳥肌の上に、もうひとつ鳥肌が立つくらい、演奏がすごかったんだと思う。というわけで、外道とは(1)自分が信じる“ジャズ、ロック、フォーク”以外の“禁断の”教えがあることを知ってしまったボクって感じ(今なら、これはロック以外の何者でもないと思うけど)。(2)“外道”を信じる人々=外道集団は、心底、怖い。(3)お目当ての“泉谷しげる、鈴木茂”以外の、すごい魚。...として記憶に残っていたのである。今日は“ベスト外道”を聴いている。ちょっと離れたところから、事件を覗いて面白がっているような。こういうの、外外道って言わない?...言わないか。
第20040119話:
「ピンクのVOLOVO」
ほんの数日前に洗車したばかりなのに、赤いクルマが、まだらピンクに変わり果てている。砂利敷きのほこりっぽい月極駐車場では無理もない。これだから、熱心に洗車する気になれないのだよ。でも、隣の個人タクシーはいつもきれいじゃないか。当たり前だ。あっちは営業車だろ。汚れてちゃ客がつかん。このタクシーは、この駐車場で2回も車上荒らしに遭っているんだぞ。巧妙にドアを破られ、カード類を盗まれた。使えないカードが外にばらまかれていたので気がついたそうだ。きれいなクルマは狙われるんだ。これは以前に聞いた話だが、VOLVOの祖国(つまりスウェーデン)のVOLVOオーナーは洗車なんぞしないそうである。クルマは使ってなんぼ。外見は関係ないというのである。どんなVOLVOも、いずれ“VOLOVO”になる。ウチは購入して7年。中も外も立派に“VOLOVO”だ。しかし、頼りがいがあって、ここ一番と言うときに尽くしてくれる。たとえば、家族5人全員が3点式シートベルトで守られている。後席中央も3点式シートベルトになっているクルマは以外に少ないということをご存じか。たとえば高速道路の料金所で、足を踏ん張らなくても加速してくれる。1990年式のVOLVOだった時は、床が抜けるのではないかというくらいアクセルを踏みつけないと、後続車両にクラクションを鳴らされた(ちょっと言い過ぎ)が、1996年式はあらゆる意味で改善され、特に加速の違いが顕著だ(ちょっと褒め過ぎ)。それから...それくらいか。まあ、あと数年は乗り続けるつもりである。家族が5人で乗る機会はほとんどないし、何かにつけ倹約の世の中で、ムダだらけの存在だということは承知している。そろそろ2シーターなんか、いいんじゃないの、という気持ちもないわけじゃない。でも、たぶん、まだらピンクの“VOLOVO”を駆っているオレが、一番似合ってる気もするし。昔「ピンクのロールスロイス」とかいう映画も、あったことだし。関係ないか。
2004年1月18日:
「巻きスカートと安全ピン」
今、妻に確認したところ、巻きスカートには、安全ピンがやはり必要だそうである。バーバリーの巻きスカートのすそを大きな安全ピンで止めていたという記憶があるので、聞いてみたのである。なぜ、そんなことを確認したのか、というと、飛行機に乗るときのチェックリストに安全ピンは入っているのか、ふと気になったからである。ハイジャック犯の凶器は、安全ピン!というギャグを思いついたのである。小さな安全ピンでは、あまり考えられないが、あのバーバリーの巻きスカートに採用されている全長10センチはありそうな安全ピンなら、どうだろうか。空港で、こんな会話が交わされるのであろうか。「この安全ピンはお持ち込みになれません」「これがないとスカートがスカートでなくなるんですけど」「でも外していただかないと」「どうなっても知りませんことよ」安全ピンと、ひらひらスカートからのぞくセクシー爆弾と、どっちが危険か、よーく考えてみようね。まじめな話、全長10センチもあれば、立派な凶器になるはずである。こんど飛行機に乗る機会があったら、巻きスカートで出かけてみようかな、おれ。
2004年1月17日:
「日常持出」
あの年から始めたことがある。◎出かけるときは忘れずに、次のものを持ち歩いている。単4電池2本で使えるマグライト。スペアの電池2本。ぜんそく薬。100円ライター。携帯電話用のACアダプター。これらをそっくり、無印良品で買ったカプセル型の眼鏡ケースにつめて、財布や手帳などと一緒に防水ポーチに入れておく。出かけるときは、その日の気分で鞄を変えるのだが、このポーチごと鞄の中に収めて出かけるのである。名付けてセイフティ・カプセル(今、思いついたんだけどね)。そのほかにも日常的に気をつけていることがある。◎ゴム底の靴を履く。実は15年以上前に読んだフリーマントルの「チャーリー・マフィン」シリーズで、主人公のチャーリー・マフィンがゴム底のハッシュパピーを愛用していた。それを真似して、なんだけどね。ともかく、出かけた先から、長い距離を歩いて帰ってくるとしたら、皮底よりはゴム底でしょう。最近はスーツにだって合わせられる、格好いい皮のスニーカーという選択肢もあるけど、高いしね。◎地図。昭文社のハンディ版。文庫サイズで便利、なんだけど、最近は持ち歩いていません。もともと、大変な方向音痴なのである。地図でも、これは救いようがない。◎アーミーナイフ。といっても小さな“グルメ”タイプのものだ。自分はグルメじゃないけどね。これはかれこれ25年になる習慣。いちばん活躍しているのはワインオープナーとドライバーだと思うが、大小2本ついているブレードの手入れは今でも欠かしていない。しかし、あちこちにガタが来ているので、いざというときに役立つかどうか。まあ、お守りですね。◎乗換駅では、時間の許す限り、手洗いに寄る。つまり膀胱を空にしておく。もしも駅と駅の間で電車が立ち往生したら。それを心配するのである。◎これからの課題もある。都心から困難な道のりを歩いて帰ってくるには、このからだ(ベスト体重53キロが自慢、だったのが20年で10キロ太った)がいちばんのお荷物になりそうだから。中年よ、からだを鍛えておけ。
2004年1月16日:
「TAX EATER」
近所に、司法研修所*がある。司法修習生**が、ここにはいったい何人くらいいるのか。夕方など、バス停留所には長蛇の列、どころではない。巨大な団子状になって、歩道を占拠している。歩道といってもクルマが2台ならんで走れるほどの広さがある。それなのに、というか、それだから、こうなるのかも。ガードレールのついた狭い歩道なら、いやが上にも整列しなければならない。ところが、広々とした歩道では、並ぶか並ばないか、それは自分の意識次第なのである。簡単に言ってしまえば、子どもなのである。まわりの状況判断ができない。誰かがコントロールする必要がある。だから“研修する必要がある”というわけでもあるまいに。詳しくは知らないが、彼らの研修費用はすべて税金でまかなわれているようである。地方から参加する者は、宿舎も提供されているのではなかろうか。ひょっとして、お手当なんかも出てたりして。それは言い過ぎか。まだ国家公務員になったわけじゃないよね。でも、いずれはなる者もいる。キャリアってやつだ。で、その先はどうなる? 日本国首相、てなことを希望するやからもいるだろう。今、首相の給料をベースアップしようという計画があるらしい。ニュースで年俸5000万円がどうのこうのと言ってた気がする。で、その値上げの理由がふるっている。いわば最上級国家公務員である首相の給料が上がらないと、上級レベルの給料も上げられない。まさか首相の給料を追い越すわけにもいかないでしょ、というのだ。近所のお行儀の悪いTAX EATERたちも、めざせ年俸5000万円で、がんばってるということか。オレたちの税金で、てめーら食わせてやってんだろがーとか言うつもりはないけど、バス停ではちゃんと並んで、歩道をあけておこうね。納税者の皆さんがお通りになるんだからさー。
(*最高裁判所のもとに置かれ、裁判官・裁判所職員の研究・修養ならびに司法修習生**の修習に関する事務を取り扱う司法行政機関=小学館/大辞泉より)(**司法試験に合格し、裁判官・検察官・弁護士となるため、最高裁判所から命じられて司法研修所・裁判所・検察庁・法務局・検察庁・弁護士会で法律実務を修習中の者=小学館/大辞泉より)
2004年1月7日:
「ボンサイジング」
盆栽がブームだという。海外での話だ。日本でもミニ盆栽とやらが若年層に受けているそうだが、盆栽は、とりあえず今日も生き続ける日本の伝統芸といえるのだろう。花鳥風月を一鉢の宇宙に再現する。その驚異は、大鉢によるものより小鉢の方が深まる気がする。さて、そこで「ボンサイジング」である。自分で勝手に作ったキャッチフレーズのようなものなので、あくまでここだけの話である。ダウンサイジングということばがあるが、もう死語なのか、朝日新聞以外ほとんど眼にしなくなった(朝日新聞では少子高齢化社会について「ダウンサイジングにっぽん」というシリーズ記事を掲載している)。ダウンサイジングにはリストラと同じニュアンスを感じるひとが少なくないだろう。企業のダウンサイジングと言えば人減らしだからね。ダウンサイジングもリストラクチャリングも、本来的な意味とは違う使われ方をして誤解されたという人もいるが、現象的には人減らしで間違いないと思うけど。ボンサイジングは、どうか。大きな世界をどんどん縮小(ダウンサイジング)していく過程で、世界のエッセンスとも言うべきものが密度をどんどん上げていくことと、勝手に定義してみたい。小さな苗木の、そのサイズのまま、幾星霜を経て花鳥風月の極みへと登り詰めていく過程を、ボンサイジングと呼んでみたい。中小企業はボンサイジングで生きていく。どう、絵にならない?
2004年1月6日:
「ロバート・タウンゼントの遺言」
Admit your own mistakes joyfully. Never castigate. Babies learn to walk by falling down. If you beat a baby every time he falls down, he will never care much for walking. (残念ながら引用先不明)
間違えたっていいじゃないか。 しかってはいけないよ。 あかちゃんだって、転ぶことから歩くことを学ぶんだ。 もしも転ぶたびに赤ちゃんをしかっていたら、 こんりんざい歩こうなんて思わなくなっちゃうだろ。 (へたくそな訳でスミマセンby kannos)
2004年1月5日:
「Pandoramericaパンドラの箱をあけたアメリカ?」
Pandora パンドラ:火の使用を知った人類を罰するため神々がつくった最初の女。 Pandoras box パンドラの箱:ゼウスからパンドラに贈られた箱。禁を破って箱を開くと災いと罪悪が世に広がり、希望だけが残った。 America アメリカ:アメリカ合衆国the United States of America (以上、小学館プログレッシブより)
アルカイダがイラクを拠点にしつつある。フセインという敵対勢力が存在しないから。アルカイダは生物化学兵器の使用を躊躇(ちゅうちょ)しない。 (2003.12.02残念ながら出典不明)
2003年5月1日にブッシュ大統領が戦争終了宣言をしたあとにも、テロが頻発。死者数は今も増え続け、戦争終了後のアメリカ軍の死者数は、戦争中の死者数を超えた。イラク情勢は泥沼化の一途をたどっている。 (2003年12月刊「ぼくの見た戦争」奥付より)
2004年1月4日:
「もっとも危険な読者」
高橋源一郎氏の「もっとも危険な読書」を購入。 いまだに一冊も高橋氏の小説を読んでいない。 それにも関わらず、朝日新聞の書評欄において 高橋氏のお書きになる評論は一も二もなく信用し 紹介されていた本はだいたい買っている。 そんなわけで「もっとも危険な読書」を購入 しないわけにないかない。こういう読者は、 高橋氏にとって「もっとも危険な読者」なのでは ないかしら、とか思って僕はニヤニヤしている。
2004年1月3日:
「実質国民総背番号携帯電話」
携帯電話がおしゃれになってきた。K社の“錦鯉”とか、色も形も実に美しい。年寄りや子供向けに売り出された、ある意味ユニバーサルデザインに通じる携帯電話もある。そんなこんなで携帯電話を、誰もがいつでもどこでも身につけているのが当たり前の現実がやってくる。携帯電話の基本的な技術は、電波の発信と受信だ。周囲に電話会社のアンテナがなければ、この技術は意味がない。というのは、もう過去の話で、携帯電話同士が電波を直接やりとりする技術や、近くにいる携帯電話へ電波を順番にリレーすることによって遠くまで届かせる技術も実用化されそうだ。こういうのをメッシュ型ネットワークというらしい。また、GPSというクルマのナビゲーションシステムに使われている位置情報を、携帯電話にも応用する技術がいよいよ本格化しそうだ。そのうち、どの携帯電話にもはじめからついてくるようになるだろう。それから、番号ポータビリティ。機種変更でなく新規購入や電話会社の乗り換えでも、今使っている携帯電話番号がそのまま引き継げるというものだ。すでに米国では昨年後半に実施されている。健康保険証の番号や運転免許証の番号と同じくらいの、なんていうか“価値のある”あるいは“なくしたらヤバイ”ものになったりして。さて、こうして携帯電話がアンテナのない場所でもつながるようになったり、位置情報を発信したり、電話番号=ID番号みたいになってくると、どうなるか。住民基本台帳システムの導入でかなりもめた“国民総背番号制”が携帯電話でできちゃいます、しかも全員の行動が“時間・空間・無制限”くまなく把握できちゃったりして。携帯電話会社が犯罪捜査に協力し通話記録を提供、なんてことは当たり前になりつつあるみたいだし。その先にあるのは何かな。携帯電話がお互いを監視し合ったりして。カメラもマイクもついてるからね。
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2004年1月2日:
「はずれた安全ピンを元に戻すのは誰?」
身の回りの変化について、昨年はユビキタスの視点からいくつか考えてみた。今年は、そのあたりをもう少し深めつつも、メ安全モについて考えてみたい。
たとえば携帯電話。重装備化の次はデザイン重視とか、そういう話はさておき、カメラ、赤外線通信、無線タグ、ナビ、指紋認識、ダウンロード、JAVAやBREW、TRONとWindowsの融合、IPv6時代の到来といったことが、携帯電話を危険な存在に変えるかもしれない可能性について。
たとえばデータベース。画像や音声、メールの内容など、なんらかのかたちで記録されたものはすべて、データベース化できるし、検索やデータマイニングの対象になりうるということが、さて社会に何をもたらすのか。
そのほかにも、たとえばセンサー。たとえばマイクロマシン。たとえばグリッドコンピューティング。わかのわからない用語もいっぱい出てきそうだが、それらと、企業の戦略や国の政策などの関わりも考える必要があるだろう。
ところで表題の「はずれた安全ピンを元に戻すのは誰?」について。日本の安全神話は崩れたという人がいる。だから安全策を強化すべきであると。すでに街角では監視カメラが目につくようになった。警察官の大増員というニュースもあった。これから取り上げようと思ういろいろな技術は、その安全策のために利用される可能性がある。しかし、その安全とは果たして本当に安全なのか。私は、安全ピンをどのように使えば安全か理解しているつもりだ。しかし誰かが誤った使い方をしないという保証はないし、安全ピンだって使い方次第では人を傷つけることができる。はずれた、もしくは、はずされた安全ピンを、誰かが元に戻さなければならない。警察官すべてが正しいわけではないように、すべての技術が正しい使い方をされるわけではない。
とはいえ、私はそうした技術の専門家ではないから、訳知り顔で言いたい放題ということにもなりかねないが。あらかじめ、ご容赦ください。
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